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どうも、うどうです

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病院へ

この間の日曜日、急激な体調悪化により、病院で点滴を打ってきました。

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点滴中。長い・・・

心配して、ちびつんが手紙を書いてくれました。
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・・・ほ、本当に心配しゆの??笑

とにかく大変な一日でしたが、もうすっかり良くなりました!
今はうっとしいくらい元気です!

関係者のみなさま、ご迷惑とご心配をおかけしました。






  ある日曜日の出来事


 その日ぼくは、Yと日曜市へ行く約束をしていました。久しぶりの日曜市ということもあり、前の晩、ぼくは楽しみに胸を躍らせながら眠りにつきました。ところが、朝、目を覚ますと同時に、ぼくは猛烈な吐き気に襲われたのです。生唾を飲み、動くことさえままならず、三十分以上布団から起き上がれずにいました。しかし、どうしてもぼくは日曜市へ行きたいのです。起きて用意をしているうちに回復するだろうと、吐き気の波が引いた隙を見て、起き上がりました。
 鏡に映った自分の顔を見た時、あまりの色の悪さに目を疑いましたが、日曜市への想いが強かったぼくは、吐き気を催しつつも、なんとかだましだまし準備を済ませるとそそくさと出発しました。しかし、この時は、これから自分の身に降り掛かる苦しみを、想像さえもしていなかったのです。

 車で五分ほど走った頃、早速それはやってきました。鳩尾の辺りと背中の鈍痛、それに急激な吐き気がぼくを襲ったのです。慌てて車を路肩に止めると、次から次へと溢れてくる唾液を我慢しながら、体調が戻るのを待ちました。待ちながらぼくは不安を感じていました。こんなことは初めてです。
 しばらくの休息でなんとか回復したぼくは、深くため息をつき、また車を走らせました。途中、一万円札を崩すために(もちろん、日曜市での買い物に備えてです)、コンビニに寄りました。数点の商品をレジに出した時、困ったことに、また先ほどの痛みと吐き気がやってきたのです。ぼくは一刻も早く車に戻って休みたいと思いました。が、運悪く、今日の店員さんは、ものすごく慎重に商品を打ち込んでいきます。ぼくが一万円札を差し出すと、実直な方なのでしょう、一枚一枚ゆっくりとお釣りを数えています。ぼくはもう、「お釣りはいりません」と飛び出したい気分でしたが、そんな甲斐性もなく、脂汗を浮かべながら、商品が丁寧に袋に入れられるのを待ち、店員さんの笑顔に見送られながら店を出て、車に戻るとそのままぐったりとシートにもたれ込みました。
 そうして、再び吐き気が治まったところで出発しましたが、体調は悪くなる一方です。全身が倦怠感に包まれています。背中から首にかけてが痺れてきました。このままではまずいと思い、ひとまず須崎の仕事場で休むことにしました。
 やっとの思いで仕事場に着くと、すぐに横になりました。すでに痺れは全身に及び、痛みもじっとしていられないほどです。こんな状態では日曜市は諦めるしかありません。ぼくは、泣く泣くYに断りの連絡を入れ、次にお嫁さんの携帯に電話をしました。しかし、もちろんお嫁さんは電話に出ません(お嫁さんは電話に出ないことで有名です。お嫁さんの友達も急用の時はぼくに掛けてきます)。ぼくは震える手で自宅に電話しました。電話に出た義父の非常に穏やかな口調は、自宅ののどかな様子を物語っていました。義父に取り次いでもらい、お嫁さんに現状を説明しました。
 お嫁さんは、今までにないぼくの弱りっぷりに、救急車を手配してくれました。動くことさえままならないぼくも、それを望んでいました。ぼくの人生において初めての救急車です!
 やがて遠くの方からサイレンの音が聞こえてき、仕事場の前で止まりました。ぼくは、痺れる体を引きずるようにして救急車までたどり着くと、ベッドに横たわりました。そのぼくが、財布に携帯、家の鍵までしっかり持っていたことに、救急隊員は呆れたかもしれません。しかし、それは当然です。だって、症状は吐き気、鈍痛、痺れであり、頭ははっきりしているのですから。
 こうして、人生初の救急車により、ぼくは病院へと搬送されたのです。

 病院に着くと、まず紙袋を顔にかぶせられました。そうしておいて、お医者さん、看護師さんたちは、談笑しながら血圧、採血、検温、点滴などをしていきます。この時ぼくの脳裏に、「北の国から」の1シーンが浮かびました。
 純と蛍の母親・令子の激しい痛みを、医者はモルヒネで抑え、袋を顔にかぶせ、痛みは神経性によるものと診断する場面です。そして令子は、この病院の誤診により命を落としてしまうのです! ぼくは、ぎょっとしました。
 詳しい説明もないまま、不安な時間が経過し、やがて、お嫁さんとおちびちゃん、義母、義父が来てくれました。痺れと吐き気と痛みで喘ぐぼくに、お嫁さんは次々と質問を投げかけてきました。しかし今のぼくに、質問に応じることはちょっとできません。ぼくは顔をそむけました。なおもお嫁さんの猛攻は続きましたが、ぼくはそれに耐え抜きました。
 かなりの時間を経て、ぼくはようやく落ち着きを取り戻しました。そうして、お医者さんからの説明が行われました。

 過喚起症候群--。

 それがお医者さんの見立てでした。心的ストレスなどから発症することが多く、過呼吸により血中の二酸化炭素が不足し、痺れなどを引き起こすようです。
 医者は「何かストレスがあるのでは?」と問いました。しかしぼくは、普段からストレスを感じにくい方ですし、今日に関して言えば、何より日曜市が楽しみで仕方がなかったわけで、ストレスなどあろうはずがありません。そもそも急激な吐き気、鳩尾や背中の痛みから、過喚起症候群になったと考えた方が自然ではないでしょうか? ぼくは腑に落ちませんでしたが、痛みの原因は特に調べられることもなく、点滴が終われば帰ってよし、とのことでした。
 ぼくはベッドで横になり、点滴が終わるのを待ちました。定期的に鳩尾と背中の痛みはやってくるし、体を動かすと吐き気がやってくるし、それは苦しい時間でした。なるべく動かずに、天井から吊り下げられた点滴を眺めました。点滴は、ゆっくりと、一滴一滴落ちていきます。ぼくは途方に暮れ、いつまでたっても量の減らないこの液体を、苦々しく思いました。本当なら今頃、Yと一緒に日曜市で買い物をしているはずでした。

 二時間が過ぎ、長かった点滴が終わり、ぼくはようやく病院を出ることができました。しかし、それからも定期的に吐き気と鈍痛に襲われ、それは、次の日の明け方まで続きました。
 幸い、それ以降は痛み吐き気ともに治まり、ぼくはまた、いつもの生活に戻ることができました。痛かったのが胃の辺りだったので、食当たりだったのかなあとも思いますが、はっきりした原因はわかりません。ただ一つ言えるのは、もう二度とあんな思いはしたくない、ということだけです。
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by kawazoeudou | 2012-01-13 19:26 | 詳しい日記
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