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どうも、うどうです

udou.exblog.jp

たこ焼き

たこ焼きって、普段から食べるもの??
どうなんでしょう。
おいしいけどね。

ものすごく下らないことなので、時間がない方は読まないでください。
過ぎた時間は戻ってきません。






  たこ焼きについての思索


 その時ぼくは仕事の帰りで、時刻は確か夕方の六時半を回っていたと思います。ふと、露店のたこ焼き屋で買い物をするご婦人の姿が目に留まった時、ぼくの頭にひとつの疑問がぽっかりと浮かんできました。
 その疑問とは、このご婦人は、このたこ焼きをどういう目的で購入し、どういうタイミングで食べるのだろうかということでした。今日の晩ご飯はたこ焼きだけで済まそうという魂胆でしょうか。あるいは晩ご飯のもう一品として食卓に並べようというのでしょうか。旦那さんの酒の肴としてでしょうか。ご婦人の別腹としてでしょうか。いずれにしても、ぼくには想像し難いことでした。
 先に断っておきますが、これはあくまで個人的な見解にすぎません。それにぼくは決してたこ焼きが嫌いなわけではないのです。むしろ、どちらかと言えば好きな方だと思います。お祭りでたこ焼きの屋台を目にすると買いたくなりますし、友達が集まってお好み焼きパーティーをしようとなれば、たこ焼きパーティーの方がいいなあとこっそり考えたりもします。ただ、ぼくの中の定義として、たこ焼きは軽食だということなのです。お昼ご飯や三時のおやつ、イベント事としては良いのですが、普段の夕食にはなり得ません。たこ焼きをメインに据えることは、一日の締めの食事としてどうしても物足りなさを感じてしまうのです。
 同じように露店の代表として、焼き鳥があります。これはどうでしょうか。今日の晩ご飯は焼き鳥だけ、他のおかずは一切なし、ということはまずないでしょう。しかしたこ焼きと違って、焼き鳥が一品として食卓に並ぶことは安易に想像できます。ビールと焼き鳥、実によく合いますし、ご飯のおかずとしても十分渡り合えます。居酒屋においても、焼き鳥は大抵注文しますが、たこ焼きは滅多に注文しません。焼き鳥の一杯飲み屋はあってもたこ焼きの一杯飲み屋は聞いたことがありません。以上の点からも、焼き鳥を夕食時に買い求めることはごく自然な流れだということがわかります。
 それでは、お好み焼きはどうでしょうか。これは、たこ焼きと同じ粉物で、材料的にも大差はありません。しかし、露店が主流のたこ焼きに対し、お好み焼きの日常での露店というのはごく稀で、店内でゆっくり食べるという形が主流です。それは何故かというと、食事という観点から見た時に、たこ焼きよりも市民権を得ているからだとぼくは考えます。すなわち、夕食としてお好み焼きを選択するということは、こちらも自然な流れと言えるでしょう。

 では、別の角度からも検証してみます。何でも良いのですが、ここではカレーを例に挙げてみましょう。カレーはたこ焼きとは対象的に、夕食の定番と言えます。しかしそんなカレーでも、朝食に食べる人は滅多にいません。昨夜の残りがある場合は別ですが、朝からカレーを作って食べるぞという気合いの入った人はなかなかいないでしょう。それに、あえて作らなくても、レトルト製品も数多く出回っていますから、朝から食べよう思えば簡単に食べることができます。それにもかかわらず、朝から食べる人はほとんどいません。それは何故でしょうか。朝食にはちょっと重いんだよなとか、匂いが気になるのよねとか、具体的な理由はあると思います。しかしそういう理由だけが要因ではない気がするのです。これは要するにその料理に対する位置付けの問題ではありますまいか。心理的に“普通、朝食にカレーは食べない”という固定観念が出来上がっているからではないでしょうか。気付かないうちに、さまざまな料理に対する位置付けがなされているのではないでしょうか。だとすれば、たこ焼きの位置付けはどこに属するのでしょう。ぼくの中では、少なくとも夕食ではないということになります。もちろんそこには嗜好や文化的な背景も反映されていますから、ぼくの育った環境に起因しているとも言えるでしょう。事実、大阪などではたこ焼きは文化になっているのですから。しかし、そういう点を差し引いても、カレーやお好み焼きとは違い、一家そろって平日の晩ご飯にたこ焼きを食べている姿を、ぼくはどうしても想像できないのです。繰り返しになりますが、これはあくまで個人的な意見なので、そこを踏まえて読んでいただければ幸いです。

 しかし、世の中にはたこ焼き屋は意外とあるものです。前述したように、ぼくがたこ焼きを食べるとすればお祭りの時かたこ焼きパーティーの時くらいのものです。年間にしてみると片手で優に足りる回数だと思います。ぼくの見解が世間一般のスタンダードであれば、たこ焼き屋はたちまち姿を消してしまうことでしょう。しかし、たこ焼きという商売は立派に成り立ってるのです。ということは、ぼくのたこ焼きに対する定義が世間一般とは違っていると考えた方が自然と言えるでしょう。

 そうは言ってみても、たこ焼きというものが、世間一般にどういうタイミングで食べられているのか、どういう位置付けになっているのか、あの時見たご婦人は、家族揃ってたこ焼きを囲んだのか、そこに笑顔はあったのか、ぼくは想像が出来ないと同時に、やはり不思議に思わずにはいられないのです。
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by kawazoeudou | 2011-11-18 18:14 | 詳しい日記
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